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vol.33 東京から静岡市へUターン 藤原さん一家

掲載日 2018年12月12日

地元の歴史と遺構を守っていた祖父の活動受け継ぎ、地域を元気にしたい

今川氏や徳川家康公の城下町として栄え、北は南アルプスの山々、南は駿河湾までと豊かな自然と歴史を持つ静岡市。市の約20%にあたる市街地に市の人口の95%の人々が暮らし、他は自然が残る山間地域です。そこには美しい自然はもちろん、懐かしい山里の風景が残ります。静岡市では、この奥まった地域を“奥静岡”の言葉に由来する「オクシズ」と読んでいます。
オクシズの一つの地域・奥藁科。その玄関口とも言える地域・小瀬戸地区。新東名高速道路 静岡スマートインターチェンジの近くにある小瀬戸城址があり、その麓にある地域です。かつては後醍醐天皇に連なる親王が滞在したという歴史や、駿府城の石垣を切り出した石切場の跡が今も残るなど、歴史を感じることができる場所。
静岡市で生まれ育った藤原俊さんは、大学進学を機に東京で21年間暮らした後、奥さまの紅子(こうこ)さんと二人のお子さんとともに2018年4月に小瀬戸へ移住してきました。お茶とミカン農家であった祖父母宅を住居とし、茶工場をステンドグラス工房に転用しました。また、2018年10月に小瀬戸地区を盛り上げる団体「小瀬戸の文化と歴史を未来につなぐ会」を設立。静岡市へ戻ることになったきっかけや、小瀬戸での暮らし、活動についてお話を伺いました。

静岡市へ戻ろうと思った理由を教えてください

美術を学びたくて上京。卒業後は、大学で専攻していたステンドグラスの知識を活かし、公共施設や個人宅など年間数百件のステンドグラスの制作・施工を手がける首都圏の工房へデザイナーとして就職しました。同じ大学で古建築の修復の勉強していた北海道出身の妻と、2010年に結婚。2人の子どもに恵まれました。
いずれは地元へ戻りたいと思っており、ステンドグラス作家として独立できるという目処がついたところで静岡へ戻ることにしました。

静岡市の市街地ではなく、中山間地である小瀬戸地区を選んだのはなぜですか

実家は静岡市の市街地にあるのですが、母方の祖父母宅が小瀬戸にあり、子どもの頃は毎週のように遊びに行っていたなじみのある場所でした。野山を駆け回り、沢で川遊びをしたり、祖父が作ってくれた竹馬で遊んだりと、田舎ならではの遊びを楽しんでいました。祖父母宅は、数年前から空き家になり、劣化が進んでいました。大好きだった祖父母宅を何とかしたいと思い、大学で古建築の修復を勉強していた妻とともに、帰省の度に片付けにくるようになりました。移住を考え始めた時、少しでも費用を抑えたかったので、ちょうど片付けていた祖父母宅が候補に上がりました。

祖父母は、お茶とミカンの農家を営みながら、自分たちが食べる分のお米や野菜などを作り、自給自足の生活に送っていました。私もそういう暮らしをしたいという想いがありました。ステンドグラスの仕事をしながら、自給自足の生活ができたらと考えています。
今、パーマカルチャー(=パーマメント[永続性]と、アグリカルチャー[農業]、カルチャー[文化]を組み合わせた造語。永続可能な農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係を築いていくための手段)について勉強をしに、毎月1回、神奈川へ足を運んでいます。植物と土、環境、建築など、生活を形作る全てのものが、どのように暮らしに生かされるかについて考えています。小瀬戸にも、地域の木材を活用し、炭焼きで木炭を作ったりする方や、駆除目的で捕まえたイノシシを活用している方がいるので、自然と暮らしとの関わりについて考える機会が多いです。イノシシ肉を分けていただき、我が家でいただくことも。イノシシやシカの皮が余るのですが、今、皮を使ってアクセサリーやベルト、カバンなどに加工できないか、妻の方で考えているところです。

小瀬戸では、同じ名字の方が多いので、年齢関係なく「〇〇ちゃん」「〇〇さん」と下の名前で呼び合うんです。私たちも地域で呼ばれている通りで呼ぶので、自然と距離が近くなり、親しくなりました。
東京で暮らしていた時は、家の中で「走らない!」「騒がない!」が口癖でした。ここでは子どもたちは本当に自由。子どもたちも、毎日、家の庭で木登りをしたり、近所のおばあちゃんの家の庭で遊ばせていただいたり、本当に元気に過ごしています。地域の方々が、孫のように接してくださるんです。体力もつき、風邪をひきにくくなりました。

小瀬戸地区を盛り上げる活動をしているとのことですが、具体的にはどのような内容でしょうか

小瀬戸には、小瀬戸城址や石切場跡があり、祖父は生前、地元住民と一緒に、郷土の歴史や遺構の価値を守るために調査や管理をしていました。私も、子どもの頃に祖父に石切場に連れていってもらい、いろいろな話をしてもらったことを今でも記憶しています。そんな祖父の活動を引き継げたらと思い、2018年10月に「小瀬戸の文化と歴史を未来につなぐ会」を立ち上げました。近々、小瀬戸歴史探訪ツアーを開催予定。先日も小瀬戸地区の方や地区外からの方の協力のもと、伸びきっていた茶の木などを伐採し、小瀬戸城址を整備したばかりです。小瀬戸の方々は、地域を少しでも元気にしたいと思っている方が多く、地域の方々がとても協力的でした。
小瀬戸をもっと知って楽しんでもらえたらと、今、地域マップを妻が製作中。地図製作にあたり、近所の人に話を聴きに行くなど、妻なりに楽しみながら活動しているようです。
オクシズと呼ばれる静岡市の中山間地域では、今、地元住民や行政の協力を得ながら地域ごとにさまざまな取り組みを行っています。すでに地域の魅力発信に積極的な地域もありますが、小瀬戸は、まだ魅力発信がうまくできていない状態です。今は、まだ地域おこしのスタート段階ではありますが、将来的には地域の魅力をさまざまな形で発信し、移住してくれる人が増えたらと思っています。

静岡を知りたいと思っている方、移住を考えている方へメッセージをお願いします

実は、妻は、引っ越しの準備をしている時も静岡への移住について後ろ向き。妻とは何度も意見を衝突させました。自分の大好きな静岡のことをもっと知ってもらいたい。そう思い、東京・有楽町の静岡市移住相談センターを通じて、静岡市清水区の移住体験ツアーに参加。静岡の味覚をいただいたり、Uターンで起業されたデザイナーや写真家、農家の方々のお話を聴き、静岡の魅力を家族に知ってもらうことで、移住へのイメージを持ってもらえればと思っていました。
実際に参加し、ツアーで会う方々の話を聞いたことで、妻は「不安や心配していたことが少し解消できた」と言っていました。こちらにきてからは、妻は妻なりに地域の人と関わり、暮らしを楽しんでいるのではないかと感じています。そして何と言っても、静岡は、自然と、山・川・海からの恵みである食生活が本当に豊かなところ。これらが充実しているところは、気持ちも豊かに暮らせると思うんです。
家族に移住を反対されたら、まずは移住体験ツアーなどに参加し、その土地の自然や食文化を体験してみるのが一番だと思います。静岡市移住相談センターには、さまざまな情報があり、ここを通じて得たネットワークは移住後にとても役立っています。Uターンとはいえ、21年も静岡と離れていたので、こちらにあまり知り合いがいなかったので…。
小瀬戸は、中山間地域と言っても、JR静岡駅まで車で20分程度。駅から出るバスも23時台まであるので、私も街へ打ち合わせに行ったり、飲みにいったりなどよく出かけていきます。また、新東名高速道路まで車で10分と好立地。以前勤めていた工房でステンドグラス教室を持っているので、首都圏にも車でよく出かけます。小瀬戸は、田舎でありながらも、街にも高速道路にも近いので住みやすいと思いますよ。

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